味噌汁の中身と太陽の卵黄

青い玉のエプロンは何時の間にか私の腰をきつく包み、リビングの椅子にその腰と一緒に座る。目は夫の向こうに行ってしまう。行ってしまうとアパートの景色が変わり始まる。太陽は夫の頭に溶けて鮮やかさを失って、白いカーテンは汚れて消えようとしている風に少し揺れる。太陽が卵のように壊れたから夫の両手にある味噌汁の茶碗は新しい夕方の太陽になって、この私の注目を浴びていく。

   茶碗は疲れの黒さに彩られておりながら、果てのなさそうなネギを切る時に出た濃い血もその茶碗の一つの色である。なぜならそのネギは果てが見えないのだろうかと聞けば、ネギは以外と長いから、それをしか言えない。スーパーのネギは無論それ程長くはないと考えられるが、このわたしからすれば家にあるネギの果てがなさそうだ。だから切ることはとても辛くて気づいたら夫が電車から降りる時間がこの都市を訪れてしまう。

   味噌汁は大根だけが入っていればまだしも、普通の味噌汁の中身はネギだけでなく、勿論様々な生き物と死に物が混ざってありそのわたしたちに毎日食われている。例えば今、溶けた太陽の卵黄に包まれている夫は死んだ魚の粒を啜りながら、永遠に生きていくこのわたしの流れる濃い血も知らずに飲んでいる。だって、このわたしの濃い血は実を言えば、昔の生き物なのだ。数え切れない女房と赤ちゃんと燃やされた魔女を刺さって生きてきた物だと、脳の或る片隅に思っている、このわたし。

   唐突に、松尾芭蕉が見た蛙のように夫の鼻から鼻水が味噌汁の真ん中へ飛んで波紋が現れて茶碗と打つかって波を立てさせてその小さな音が耳まで届く。

   「風を引いちまったかもね」

   それを言った夫は舌を出して目を下ろして味噌汁を飲み続ける。貴方様の鼻水を飲食致すのはどうですか、このわたしがいつも作る味で足りないでしょうか、朝からその滑らかな体に溜まってきた汚い液体を付けると美味しくなるのですか、ともう一つの片隅から思って閉まった口で囁く。

          「後でほうじ茶を淹れようか?」

          太陽の卵黄は前の夫の肩を塗って段々、身体を侵していく。右の御飯はまだ食べないままで冷めていき、外から優しく襲ってくる、やはり消えたくない風が夫の御飯を結晶化しているとこのわたしが気づく。御飯を作ることも辛いのにその御飯はもう食べられなくなってしまったよな。何故か今日前の夫は味噌汁しか口に入れない。

焼けた鮭は無視されているのを意識して少し涙を汗ばむ。このわたしもいつの間にかこの鮭のように涙をこぼすことではなく、肌で涙を汗ばむようになった。きっと誰も信じてくれないでしょうが、このわたしには肌から泣くのももっともだ。目はいつの間にか泣く力を失って、では肌からやってみればと思って一生懸命、冷たい肌に力をこめて泣いてみました。以外と涙が出て、これは便利だなと気づいた。例えば、今このわたしは御飯を食べながら、味噌汁をまだ飲んでいる夫の顔色を見詰めながら、腕で少し泣いている。静かに、誰にもの邪魔にならず、涙を汗ばんでいく。そして何故かこの死んである鮭もから泣ける。いつできるようになったのかを聞いてみたいが、今この部屋に何かを聞けるのは太陽の零れた卵黄に包んでいる前の夫だけだ。

味噌汁の茶碗はまだ両手に静止している。しかし、奥のビルから白い月の光が現れ始まる。月はほとんど見えなくても、月光はわたしたちのアパートを浴び始める。鼻からもう二つの鼻水がぽつんと落ちる。

このわたしが作った味噌汁は底がないみたいだ。すぐ前にある茶碗にちょっぴり汁が残っている、念のためそのままにして食べ続ける。

「えっ、ひょっとして一昨日は私達の結婚記念日だったの?」

 

(つづく)

真冬の訪れが叶う場合に

 

      もし御ばあ様はまだ生きてゐれば前にあるピアノを弾いてくれればのだろうか。御ばあ様は生まれる前からずっとピアノの魂に憧れていてすっとピアノの地面を触るだけで雰囲気が一変してみんな浮かび始まっていた。道のピアノでも良いからお願い、もしこの冬の雪にゆっくり沈んでいる家に又来ていただければ、貴方に白いケーキを作ってきっと純粋な味に思えるでしょう、御ばあ様。

 

      ね、ピアノってうまいのですか?本をたまに喰っても最近古い味がしすぎて何を噛んでいるかわからなくなっちまったのよ。だからもしピアノはうまかったらおばあ様のようにピアノの練習をして壁を撫でる幽霊になるまでにピアノを触って引いて食べて、みんなを勝手に飛ばさせる。というか今気づきましたが御ばあ様、貴方達も未だピアノを弾くことができますでしょうか。ピアノに食われないのですか?大丈夫ですか?みんなが申し出るのは、御ばあ様のような者って無駄なんだって。でもどうも、わたしには非常に重要で居なければ私達ってどのように死ねば良いか見当つかず、どこかで唐突に、爆発して醜い星になっちまうよね。

 

      もしかしたら、この冬に訪れていただければ、御ばあ様はよく知っている場所で、お待ちしとるね。恋しく思いつつ、大好きです。